ことの発端は仕事が夏休みに入った初日の昼食後のことだった。自宅の畳の上で寝転んで子供らが見ていたAmazonプライムだか何だかをぼんやりと眺めていた。弱めに効いたエアコンの風が心地よかった。
食事を終えたクリストファーがやってきた。そばにあったバランスボールに乗りながら。
「こらやめろ、落ちたら怪我するぞ」
「きゃっきゃっ!とーとー!ほらみてとーとー!きゃっひゃっ!ひゃあっ!」
バランスボールの上で大層暴れていた。さすがに危ないので寝っ転がりながら足でボールを支えていた。するとボールが転がらないものだからクリストファーの蛮行はエスカレートし、ボールの上で立ち上がるなどを始めた。
「バカこら!危ない!やめなさい!怪我するぞ!」
「うひぇあ!とーとー見てあへふぇあっ!ぎゃうん!見て!とーとー!」
その時だった。案の定クリストファーはバランスを崩しボールから落ちた。頭から俺の顔の上に落ちた。メキャッと聞いたことも無い音が顔の中心部から聞こえてきた
「痛え!ほらこの野郎こら!痛え!まじで痛え!クリストファー!こら!痛ええ!マジ!?痛え!え!?うそ?痛えこんな、こんなんあー痛え!だから言ったろ怪我するって!ほらこら!痛ってえ!!!マジかよ!まじで痛え!」
結果怪我をしたのは俺だった。瞬時の出来事ではあったがただの打撲では無いことがわかった。恐る恐る洗面所で鏡を見ると鼻がひん曲がった俺がいた。曲がった鼻がちょこんと「俺曲がっちゃったっス」とでもいいながら所在なげにくっついていた。鼻が曲がっていた。
「キャロライン見て!鼻曲がってない!?こんなんだったっけ!?鼻、違うっけ?どう?曲がってる!?」
「あー!曲がってる!曲がってるね!こう、こうなってる!こう。こう?」
キャロラインは俺の曲がった鼻をジェスチャーで再現をしようとした。いや、曲がり方は今鏡で見てきたから大丈夫。ありがとう。
「まじかよくっそー」
鼻が曲がった。クリストファーはなんかちょっと反省をしている様子だった。
近所のクリニックに行くと、レントゲンを撮られ骨折していることが明らかになった。続けてここでは治せないと言われ大病院へ紹介状を書いてもらった。
しばらくの後、近所の大病院へ精密検査を受けに言った。すると見てくれた先生は言った。
「治すとなると、入院をして頂き全身麻酔で手術します」
「えマジですか?鼻の骨折ってそういう、え、そんな感じで治すんですか?入院とか全身麻酔とか、もっとカジュアルな、えー」
「全身麻酔が嫌で局所麻酔で処置する場合もありますが、その場合ですと患者さんが痛がるので私達も心苦しくて、、」
先生はおそらく30代前半だろうか。明らかに年下だった。女性だ。
「えっ、心苦しい、心苦しいんですね。」
「はい。心苦しいので私達も速く終わらせようとしますので、正確さだったり丁寧さだったりがどうしても全身麻酔には劣ります。」
「なるほど〜。それはよくないですね。わかりました。では全身麻酔の手術でお願い致します。ちなみにどうやって、どんな感じの、こう、手術になるんですか?」
「まず林田さんは全身麻酔で寝てもらってますよね」
「ですね。はい。」
「で、こういうこんな感じのハサミ?ペンチみたいな、道具があるんです。それでこうやってこう、グイッと鼻から入れまして、ググッと持ち上げます。」
「えっ、痛そうですね大丈夫なんですかね」
「あっ、林田さんは寝てますので大丈夫です。」
「あそっか。そうでした。」
「でこうやってグイッと持ち上げて、元の場所に骨を持ち上げて乗せるんです。それで手術自体は終わりです。あとはまわりのみんなで真っ直ぐかどうかを確認します。」
「まわりのみんな?」
「そうですね。私だけではよくないのでその場にいる看護師さんなどにも確認をして頂いて、みんなで真っ直ぐだねって確認をしたら手術は終了です。」
「みんなで?確認を。」
「ですね。みんなで確認をしてまっすぐだねってなったら。はい。終わりです。あとはガーゼを詰めたりします。固定ですね。」
「一人でも曲がってるって言ったらどうなるんですか?」
「そのときはやり直しですけど、そういうことはあまりないと思います。」
「なるほど〜。全会一致方式なんですね」
「まあ、うふふ、そういうことになりますね。」
そんなこんなで入院を伴う全身麻酔での鼻骨折を治す手術が決まった。鼻骨骨折の整復なんたらとかいう名前だったけど忘れた
後半は入院〜手術、退院までを書きます