お前はいけるんちゃうんかい

真夏だ。真夏に自室で在宅勤務をしている。この部屋にエアコンは無い。
幸いエアコンが無くても扇風機でしのげてはいるのだが、それでも暑くないことは無い。つまり暑い。

在宅での業務へと移行してから仕事中の飲み物に拘るようになった。
初期は適当なコップに麦茶を入れたりしていたが、紅茶を入れたりするようになり最近では水筒にアイスコーヒーを入れて飲んでいる。

私は甘党なのでアイスコーヒーには適度に砂糖を加える。すると何が起きるか。ベタつくのである。私はコレが本当に本当に大嫌いで仕方がない。なので水筒の内容物が外部へ漏れ出ないよう細心の注意を払う。容量を遵守しパッキンが浮いたりねじれたりしていないことを確認し、傾かないよう丁寧に蓋を締める。

最近まで愛用していたのはイオンかどこかそのへんのスーパーで買ってきた蓋をパカッと開けてゴクゴク飲むタイプのやつだった。これがよく冷えるし容量もそこそこ有り愛用をしていたのだが、何度上記の通り注意を払って仕上げても何故か溢れるのだ。度々では無く、数回に一度、頻度としては日に数回、午前に1回午後に2回といったところか。これが非常にストレスだった。あれだけパッキンのねじれや浮きが無いことを確認して丁寧に蓋をしめるのに、アッとこぼれた後に蓋を開けてみるとパッキンが浮いているのだ。そして手がベタつき、階下に降りて手を洗ってそうすると子らがじゃれついてきて再度仕事へ戻るのに結構なロスが生じる。

夏季休暇が明けた。夏も後半に差し掛かっており、休暇でしっかり心身リフレッシュをしたので仕事も一層力を入れて臨みたい。ここから年末までが私の最も好きなSEASONなので全てのアセットを投入し最大限のバリューを発揮していきたい。
さて件の水筒問題だが、根本から見直そうと思い、妻が使っていた少し小さい同様のパカッと蓋を開けて飲むタイプの水筒を使うことにした。最大限のバリューを出すにあたり、水筒のベタつきごときでくだらないロスを生むわけにはいかないのだ。

妻が使っていた水筒はTHERMOSだ。この時点で既に期待ができる。なぜならTHERMOSだからだ。佇まいからして違う。落ち着いた風格を感じさせる。セカンドオピニオンを求めて訪問した近所でちょっと評判の良い歯科医院に似た雰囲気だ。

そして今朝だ。
8月18日の今朝、THERMOSにインスタントコーヒーと砂糖を熱湯で溶き、氷を大量に投入。牛乳を入れてよくかき混ぜる。以前の水筒同様パッキンをしっかりと確認、ねじれ、浮き、ハマり具合、よく確認をする。そうしてゆっくりと真上から蓋をしめていく。落ち着いて、ゆっくりでいい。年度末の公共工事くらいゆっくりの速さで良い。※

蓋が締まった。心地よい重みと、内容物の温度とは関係ないがひんやりとしたその質感。まとっている色も良い。かつて父が乗っていたC33ローレルのガンメタリックとほぼ同じ色だ。アクセルを強く踏み込んだときの直6エンジン独特の加速を想像させる。

さて仕事を開始した。7時を少し回ったばかりだ。バッキバキに仕事をしていく。色々とカチャカチャやってたくさんクリックをする。キーボードも多めに打ってダブルクリック。エンターキーを多めに押して画面を舐め回すように隅から隅まで見渡す。そしてクリック。たくさんタイピングをする。

水筒に手が伸びるときはほぼ無意識だ。ノッているからだ。ノッているときのBGMはinitialDのEUROBEATだ。新卒の頃から変わらない。スッと水筒に手を伸ばしカチッと蓋を空けゴクゴクとアイスコーヒーを喉に流し込む。最高だ。今日は少し苦目に仕上がっている。しかし尚良い。休暇明けの寝ぼけ気味の頭にはこれくらいビターなコーヒーがちょうど良いのだ。水筒の蓋を締める。カチッと小気味の良いクリック音がする。大丈夫だ。問題無い。ベタついている。ベタついている?ん?ベタ、ん?いつ?これ、ん?いつ?いつ漏れた?あ、ズボン、落ちてる。水滴?結露、いやこれコーヒーだ。え?いつ?え、あ、デスク、輪染みできてる。え、ん、サーモ、THERMOS?THERMOSとかの問題じゃないの?もう、もう別の問題なのかな?あ、結構、あー、ベタついて、あー…

「お前はいけるんちゃうんかい…」

半笑いのだらしないツッコミが狭い仕事部屋に虚しく響いた。残りの夏も自分らしくやっていこうと思う。

※建設業を営む同級生に聞いたところ、意図して遅く進める工事などほぼ無いとのこと。同時進行の現場が重なりリソースが逼迫した場合など、どうしても進行が遅くなることがある。とのことだった。